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[プレスリリース]長年不明であったチューリップ条斑病の病原ウイルスのゲノムを解明 〜ダニ媒介性の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスなどと遠縁か〜
【発表のポイント】
・チューリップに感染するチューリップ条斑ウイルス(TuSV)のゲノム配列を解読しました。
・TuSVはこれまでに報告された植物ウイルスとは全く異なる新規のウイルスでした。
・SFTSVなどとの関連から、植物ウイルスと昆虫など無脊椎動物に感染するウイルスの間で密接な進化的関連性が考えられます。
■研究概要
チューリップ条斑病は富山県などのチューリップ栽培における最重要病害の一つであり、発生するとチューリップの商品価値が著しく落ちます。その病原体はチューリップ条斑ウイルス(tulip streak virus; TuSV)ですが、ウイルスのゲノム配列は長い間未解明でした。
今回、煉谷裕太朗助教(宇都宮大学農学部)、守川俊幸博士(富山県農林水産総合技術センター)らの研究グループは、TuSV感染植物のRNAを次世代シーケンスにより網羅的に解読することでTuSVのゲノム配列を世界で初めて解読しました。TuSVのゲノム配列は、マダニが媒介するウイルスなどと配列が類似していましたが、TuSVにコードされるタンパク質のアミノ酸配列は、低い相同性しか示しませんでした。そのため、TuSVは新種のウイルスであることや、ウイルス進化を考える上でのミッシングリンクであると考えられ、農業上のみならず、ウイルスの分子進化を考える上でも重要な知見が得られました。なお、TuSVを含む植物ウイルスは人間には感染しません。
本研究成果は、学術誌「Journal of General Virology」オンライン版で早期公開されました。
■研究の背景
チューリップは観賞用としても人気の高い植物であり、17世紀のオランダでは花の色が変化した斑入り(ふいり)のチューリップが珍重され、チューリップの球根に対して様々な物と取引できるほどの高値がつきました。この際に取引されたチューリップは、後にウイルスの感染によって斑入りになることが分かりました。しかし、ウイルス感染によって価値が上がることは稀です。ウイルスが感染した多くの植物では商品価値が低下するため、ウイルスの感染は栽培地域を悩ませています。
1979年頃からチューリップの一大生産地である富山県において、チューリップの葉や花に退色した線が現れる病徴が観察されるようになりました(図1)。また、富山県以外の日本海側の複数の県でも発生が確認されるようになりました。この病気はチューリップ条斑病と名付けられ、病原であるウイルスについて研究が進められてきましたが、ウイルスの遺伝情報を格納するゲノム配列については長い間不明でした。
図1:チューリップ条斑病の病徴
(左)つぼみに生じた退色条線 (右)葉に発生した黄〜黄緑色の条線。右は重症株。
[富山県農林水産総合技術センター 園芸研究所 ウェブページより]
■研究方法と成果
富山県で条斑病徴を示すチューリップの葉や花弁を用いて、検定植物であるベンサミアナタバコやキノアに接種したところ、病徴を示しました。また、チューリップからウイルス粒子を精製し、電子顕微鏡観察によってその粒子を観察したところ、イネ縞葉枯ウイルス(RStV *1)と似た粒子が観察できたことから、チューリップ条斑病がウイルスによって引き起こされることが示唆されました。そこで、病原ウイルスをチューリップ条斑ウイルス(tulip streak virus; TuSV)と名付けました。
さらに次世代シーケンサー (*2)を用いてTuSV感染チューリップから抽出したRNAの配列を網羅的に解読し、得られた配列からTuSVのRNAの探索を行いました。その結果、候補となるRNA配列を取得、さらにゲノム配列の末端を決める実験を行い、TuSVのゲノムRNA配列を決定しました。
決定した配列をウェブデータベース上の既知の配列と比較解析したところ、TuSVのゲノムRNA上に予測される複製酵素のアミノ酸配列は、データベース上のいずれの配列とも低い同一性を示しました。低い同一性を示したウイルスは、中国のクモから検出されたウイルス(WSV)や、マダニによって媒介され人に重症熱性血小板減少症候群(SFTS)を引き起こすウイルス(SFTSV *3)など、植物に感染するTuSVとは全く異なる生物に感染するウイルスでした。
TuSVの配列が既報のものと類似しないことから、TuSVは新しい種や属である可能性が考えられました。そこで、種や属よりも高次の分類体系である「目(もく)」に着目し、先述のWSVやRStV、SFTSVなどが含まれるブニヤウイルス目のウイルスが持つ複製酵素タンパク質のアミノ酸配列を用いて、分子系統樹解析を行いました(図2)。その結果、TuSVはRStVやSFTSVが含まれるフェヌイウイルス科や、2018年に新設されたばかりのレイシュブウイルス科(*4)のウイルスと比較的近縁でしたが、これらのウイルスとも異なるウイルスであり、新規のウイルスであることが示唆されました。
図2:ブニヤウイルス目の分子系統樹
ブニヤウイルス目に属するウイルスの複製酵素の全長アミノ酸配列を基に作成した分子系統樹。緑色は植物に感染するウイルスを表している。チューリップ条斑ウイルスは図の右下に赤字で示している。
WSV (Wuhan spider virus):TuSVと近縁だが、科や属が未決定のウイルス。(grassland soil): データベースに登録のあった、TuSVによく似た配列を持つ土壌由来のRNA配列。
■今後の展望
TuSVのゲノム配列がこれまでに報告された配列とは全く異なることから、TuSVはウイルスの進化を考える上でのミッシングリンク (*5) ウイルスであると考えられます。また、ゲノム配列が明らかになったことにより、TuSVがチューリップに感染するメカニズムの解明、ウイルスの検出手法や抵抗性品種選抜のさらなる簡便化に繋がると期待されます。
ブニヤウイルス目の植物ウイルスの多くはダニやアザミウマなどの無脊椎動物によって媒介されます。そのため、植物ウイルスと昆虫などの無脊椎動物に感染するウイルスの間で密接な進化的関連性が考えられます。一方でTuSVは菌で媒介されることから、なぜ媒介生物が異なるかについても今後の解析で明らかになると期待されます。
■論文情報
論文名:Characterization of tulip streak virus, a novel virus associated with the family Phenuiviridae
雑誌名:Journal of General Virology
著者:Yutaro Neriya, Toshiyuki Morikawa, Kakeru Hamamoto, Kengo Noguchi, Tominari Kobayashi, Tomohiro Suzuki, Hisashi Nishigawa, Tomohide Natsuaki.
URL: https://doi.org/10.1099/jgv.0.001525
■用語説明
*1 イネ縞葉枯ウイルス(rice stripe virus: RStV):葉に黄や白の縞状の病斑を生じて生育不良を起こすウイルス。葉が垂れ下がって枯れることから「ゆうれい病」とも呼ばれる。ヒメトビウンカなどによって媒介される。
*2 次世代シーケンス:従来のサンガーシーケンスとは異なり、同時に大量の塩基配列を解読することが出来る。未知の配列についても解読できるため、ゲノム配列の分かっていない生物やウイルス配列の解読に広く用いられている。
*3 重症熱性血小板減少症候群ウイルス(severe fever with thrombocytopenia syndrome virus; SFTSV):近年新しく発見されたウイルスであり、本ウイルスを持つマダニに咬まれると、発熱を始めとする様々な症状を呈する。致死率は高く、10〜30%である。日本では西日本を中心に毎年60〜90人の感染が報告されている。
*4 レイシュブウイルス科:この科には1種のウイルスのみが属しており、このウイルスは昆虫に感染する原生生物であるトリパノソーマに感染する。
*5 ミッシングリンク:生物の進化を考える上で連続性が欠けた部分や領域。ウイルスのゲノム配列も、生物と同様に少しずつ変化して多様化していることから、ゲノム配列には連続性があると考えられる。
【問い合わせ先】
宇都宮大学 農学部 生物資源科学科
助教 煉谷 裕太朗(ねりや ゆうたろう)
TEL:028-649-5449
E-mail:neriya※cc.utsunomiya-u.ac.jp
(※を半角@に置き換えてください)